思想: 2005年9月アーカイブ
別の日記で一度書いた事あるんですけど、
すごく大切な事なので自分への教訓もかねてエントリします。
昔読んだ本にこんなセリフがありました。
「おいおい、そんな考え込むなよ。お前は事実よりも真実を必要としている人のことなど解る年ではないんだから・・・」
事実と真実の違い。
これを読んだとき私はまだ中学生か高校生で、とても違いが解りませんでした。
ずっと考え続け、答えがでたのは大学にはいってからでした。
理解するきっかけはFFの音楽を担当して居られる植松伸夫氏のコメントです。
ちょっと長いけど引用します。(一部略)
ここ数年自分を不幸だとおもった事はありません。その時々につらいこと哀しいこと腹立たしいことは数知れずありますよ。でも数を数えていくとそんな嫌な経験に負けないくらいの幸せも経験しているのですね。金はないけど子供は可愛い。会社を首になったけど暇ができた。離婚したけど新しい恋ができる・・・ 我々の身の上に平等に降り掛かってくるのは単なる経験なわけです。その事実自体には幸せも不幸せもない。ただ起こるだけです。それを目の前にして我々が意味付けをしているのだと思います。その意味付けがそれぞれのひとにとっての真実となっていくのではないでしょうか?
なるほど。
つまり事実は常に一つ。その「事実」にたいして各人が一定の方向性(ベクトル)を与えている訳ですね。それを「真実」とよんでいるようです。この世に存在する人の数だけ「真実」は存在するわけですね。
植松氏はこうも言っています。
常に悪い方へとしか解釈しない人にとっては真実は不幸なものにしか成りえない。いつまでも辛かった事を思い返してはその「辛さ」はなくなりはしない。「辛さ」のほうが離れたくともそれにしがみ付いているのは我々の方なのですから。時には思い切って「辛さ」と縁を切り「さあ、どうにでもしてくれ!」と開き直って見るのも幸せになるための手段の一つなのかもしれません。結局、真実は唯一の事実に一人一人が意味付けをおこなった結果でしかありません。 この真実のすれ違いによって戦争やテロリズムも存在しているのかも知れません。 未だに戦争一つ辞められない人間は4000年前(書物として残っているものは大体この辺り)から精神的に成長はしていないかも知れません。
相手がどんな真実を描いているかは自分には認知できないとしても、
相手の真実を推測することは出来ます。それは「思いやり」と換言できるかも知れません。
そういった「思いやり」を身に付けていきたいな、と思います。
この辺りの認知に関しては、デカルトやゲーテの言葉を借りると面白いのですが、それは後日にとっておきます。
私の思想の原点は一冊の本から始まっています。
色々なところで書いているんですが、その本は田中芳樹氏の
「銀河英雄伝説」です。
空想科学的なスペースオペラなんですが、田中芳樹氏が歴史好きである為か、実際の歴史をふんだんに盛り込んであります。
きっとこの本に出会っていなければ、これほど歴史と政治を好きにならなかったでしょう。
中学生の頃読んだのですが、その頃の私には多少難解なところがあって、非常に読むのに苦労した覚えがあります。
ストーリーは今から700年後(だったかな?)が舞台。宇宙に進出した人類は銀河帝国と自由惑星同盟という大国に分裂し、恒常的な交戦状態にあった。
400年にわたって続いた銀河帝国は長い歴史と、大貴族達の専横によって腐敗していた。一方の自由惑星同盟は一部の扇動政治家によって衆愚政治に陥っていた。両者の交戦状態は永遠に続くかと思われた。
そんな中、帝国にあって簒奪を企む若き天才ライハルト・フォン・ローエングラムと、歴史家志望でありながら、いやいや自由惑星同盟軍人になった不敗の名将ヤン・ウェンリー。二人の天才の登場によって歴史は大きく回転してゆく・・・。
こんな感じのストーリーです。
ストーリーのオモシロさもさることながら、背景に描かれる政治思想や陰謀、さらには思想、哲学。多くのエッセンスが織り込んであります。
一度読めば一般生活にも影響を受けます。
たとえば・・・
- 二人称が「卿」になる
- テロリズムで歴史は動かないと思う
- 努力と信念という言葉が嫌いになる
- 口の達者な政治家が嫌いになる
- コーヒーより紅茶が好きになる
- 年金生活に憧れをもつようになる
- 「御意!」と言いたくなる
などなど、挙げたらきりがありません。
特に近年は「テロリズムによって歴史は動かない」という事を深く実感しています。
「民主政治の真髄は多種多様な思想の共存にある」ってのも銀英の受け売りだったりします。
本好きでまだ読んだことの無い人がいたら、一読をオススメします。
たった10冊(新書版の場合)ですから(笑)















